第4章 4話
終焉

1993年、短期間ではあったがいかんなくその優れたコストコントロールで手腕を振るったノッペンに変り、 ウェンドリン・ヴィーデキングがポルシェ社のトップに立つことになった。

ヴィーデキングとその前任のノッペンは、ポルシェの危機を持ち堪えさせた『英雄』と言っても過言では無い。
その功績の一つに『空冷』993の市販化が上げられる。
実は、当時良く言われていた事では有ったが、既に「水冷フラット6」エンジンの開発は完了し、 993には水冷エンジンが搭載される物だと多くのジャーナリストが予想していた。
確かにポルシェの技術力と928、L4ポルシェのノウハウを合わせれば、水冷エンジンの完成もさほど難しくは無かっただろう、 が、新しいエンジンの信頼性の低さ、あえて売り上げの下がっているその時期に改革を行なうのは「危険」と判断し、 今までの964のエンジンをリファインして、中継ぎのために993に搭載した。
結果としてこれが大当たりして、993は、「空冷ポルシェの最高傑作」「空冷ポルシェの完成版」の呼び名を欲しいままにし、 996が発売されている現在でも高い人気を誇っているのである。

それでは、水冷フラット6エンジンはそのままお蔵入りしたのであろうか?

実は、前話に書いた「92年から93年にかけて、まるで記念の年と申し合わせたかのように多くの魅力的なモデルを発表した。」 と言う中で、当時はまだプロトタイプとして発表されたスポーツカーがあった。
開発ナンバー986「ボクスター」である。
往年の名車、550スパイダーに似たこのライトウエイトスポーツカー (生産型は大きく、重くなってしまったが、プロトタイプは確かにライトウエイト・スポーツカーだった)の心臓部には、 上記に書いた「水冷フラット6」のディチューン版が納められていたのである。

当時、スポーツカーにとっては『氷河期』であった。
ほとんどのメーカーのスポーツカーは、売り上げの「お荷物」となっていた時代、バブル期の『夢』が具現化して、 だた1台のみ世界で爆発的に人気を集めている車があった。
「マツダ・ミアータ」もしくは「MX−5」と開発コードで呼ばれる、日本名「ユーノス・ロードスター」(後に、「マツダ・ロードスター」と改名)である。
かつてのイギリスのスポーツカー、スプリジェットやMG、トライアンフの流れを受けた「ライトウエイト・スポーツカー」で、 この時期不思議な事に、このクラスにはめぼしい車が全くいなかった事も有って、ミアータは爆発的な人気を獲得した。
当然、多くのメーカーが後追いでこのクラスに参戦した事は言うまでも無い。
そしてポルシェは、このクラスに先述した「ボクスター」を持って、参戦しようと考えたのだ。

ポルシェ社には大きな転機が訪れようとしていた。
それまでの「最高の技術を製品に乗せて販売する」といった考え方から、「売れる製品に最高の技術を乗せて販売する」といった方針の指針を変えたのである。
これを「進化」と取るか「堕落」と取るかは諸兄の判断に任せよう。
ただ、歴代のポルシェAGの社長達は、それぞれ違ったアプローチではあったにせよ、常にポルシェ社の繁栄を考えて行動して来たのだと言う事を忘れてもらいたくは無い。
『天才』フールマンはその車種の開発から、『野心家』シュッツは売り上げの拡大で、『コストコントローラー』ノッペンの生産体制、 そしてヴィーデキングの指針変更まで、これらは全て、ポルシェ社の為に行なわれたのである。

そのために、かつてはフェラーリを意識し、追い詰めたポルシェ社は、今度はマツダをターゲットに置いたのであった、が、これはある意味当然でもあった。
なぜなら、ミアータは値段やクラスこそ、フェラーリとは何の接点も無いが、その車を操る楽しさ、 スポーツカーに乗る魅力と言う点においては、フェラーリに全く引けを取らなかったからである。

そして「ボクスター」は、ある意味原点回帰でもあったのだ。

大型になったポルシェ各車、かつて356や初期の911、914や924のような軽快さを忘れた現在のポルシェの「先祖帰り」としての新しい指針でもあったのだ。

決して、968の魅力が失せたのではない。
また、968の性能が時代遅れになったのでも無い、が、ポルシェの狭いラインでは、911とボクスターをラインに乗せると、968のラインは残す余地が無かった。
プロトタイプとして発表されたボクスターが、完全な生産型に発展する間、生産は続けられる予定ではあったが、 実際には翌94年、968のラインは静かに生産を止めた。
95年には94年の在庫処分の販売のみされ、968は完全にポルシェ社から消える事となった。

世界の大きな激動と共に誕生し、その世界情勢と共に発展したL4ポルシェは、バブルの最後の伏兵とも言えるロードスターと、 低迷した社会の景気の波にさらわれて、19年の永きにわたる歴史に幕を下ろした・・・


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