第3章 4話
絶頂

フェラーリを相手に見たポルシェは、もう一つ埋めておく「穴」があった。
それは、迫り来る『日本車』の脅威である。

ここ数年で、日本車の性能は格段に上がっていた。
事実、前章で名前の出たRX−7は944ターボの発表と同時期にモデルチェンジ(日本ではFC−3Sと呼ばれる)を行い、 あたかも944を思わせるようなルックスと、944に負けないハンドリング、コーナーリング性能を誇っていた。
動力的には普通の944と大差なかったが、本国である日本仕様では「ターボ」が装着されている (当初、輸出仕様のFC−3Sには、NAしかなかった)との話も耳に入っていた。
そしてその性能は、944ターボに近いと言う事も・・・また、前話にも出たダッツン300ZXも、 それまでの280ZXに比べて大幅にパワーアップされていた。
確かにハンドリングやコーナーリングの運動性能についてはまだまだポルシェにアドバンテージがあったが、 日本車がものすごいスピードでヨーロッパの車に『追撃』をかけていたのは事実であったし、 それを象徴するかのように300ZXはそれまでの日本車に比べて進歩していた。
それはポルシェのような、老舗のスポーツカーメーカーにとって、捨てては置けない事態にまで進んで行った。
これらの新しいライバル達を迎え撃つべき役者を「早急に」そろえる必要があったのだ。

まず、白羽の矢が立てられたのが「924」だった。
すでに改良の余地が無くなった、完成されたこの車のエンジンを、944のUSA・日本仕様に使われている155HPの強心臓に乗せ変えたのである。
身軽な924はこれでぐっと運動性能が良くなり、多少軽く空気抵抗の少ないボディーと相俟って944より高い動力性能を記録した。
これは同じエンジンを使用するアメリカ・日本使用は当然だが、多少馬力の勝るヨーロッパ仕様の944よりも速く走る事が出来た。
この924は、「924S」と名付けられ、日本車でも特に軽快な動きを示す「トヨタ・セリカ」や、 「ニッサン・200SX(日本名シルビア)」、又は「ホンダ・シビック・クーペ(インテグラ)」を迎撃する事になった。
これらの日本車は皆、バランスの良いサスと良く回るエンジンのため、世界中で好評を博していた。
水冷直列4気筒エンジンを積む「ポルシェ」の兄弟の中では、一番軽快で切れの良いハンドリングを持っている924を当てる事は当然であったし、 ややもすると多少小型のエンジンを積むこれらのライバル達に、944で定評のある『トルクの太い』エンジンをぶつけて『迎撃』するのはベストチョイスだったろう。

また、944にも「素の」944と944ターボの間を埋める「944S」が開発された。
これは928SやS4に使われていた『DOHC』ヘッドを944に付けてパワーアップを図った物で、 当時の日本車がしきりに進めていた方針に近かったが、944Sの場合、やはり様々な改良を施してあってただ単に「DOHCヘッドを乗せた」エンジンではなかった。
特に強調したい事の1つに、先の944ターボとこの944Sは、ヨーロッパ仕様とUSA・日本仕様が基本的に同じであって、 排気ガス規制によるパワーダウンが全く見られない事だった。
この944Sには、日本車でも最近馬力がアップしてきた先の300ZXやRX−7、トヨタ・セリカ・スープラや三菱スタリオンなど、 どちらかと言えばハイパワーなスポーツモデル、 またはやはり前話に出て来たルノー・アルピーヌV6ターボやロータス・エスプリ・ターボなどヨーロッパの中級スポーツカーのクラスもカバーしていた。
標準でも素晴らしかったこの944Sには、オプションの「クラブスポーツ仕様」が用意され、これはアメリカなどではそのまま「ストック・カー・レース」に出場出来る、 などと言われていたが、実際出場してそこそこの成績を収める事が出来たほど完成度が高かった、と言われている。

924Sは1985年(日本での発表は1986年、「87年」モデルより)、944Sは1986年(87年モデル)にそれぞれ発表された。

これら『新しい兄弟』の登場と同時期に、普通の944も大きく改良を受けた。

今まで、「924」と同じデザインだった、スパルタンな印象のするインテリアは、ぐっとモダンでラグジュアリーな感じのする「944ターボ」などと同じデザインの物に変えられた。
また、エンジン自体も最大出力や最大トルクは変らなかったものの、内部機構としては大幅な手直しを受け、より完成度を高めて行った。
そして、今まで以上に細かくユーザーに対応するため、「エクスクルーシブ」と「クラブスポーツ」と呼ばれる特別バージョンもそれぞれ用意し、 また、944よりもっと軽快でスポーツ性が高かった924Sにも特に足回りを強化した「クラブスポーツ」バージョンを設定した。

944ファンとして、よく言われるのが、「944にはカレラバージョンが存在しない事が残念だ」と言うセリフである。
残念ながら944にはカレラバージョンが存在しない。
当時のツーリングカーレースのレギュレーションの変更で、944カレラが開発される必要が無かった為だ。
しかし、944はなんと、944ターボのみのワンメイク・レースを始める事にした。
『944カップレース』と呼ばれるそれは、「世界で最も高価なワンメイク・レース」と言われ、只でさえパワフルな944ターボが、 エンジンこそノーマルだが大きくサス変更を受け、レース場を疾走するシーンは、 「過去のツーリングカーレース」の歴代カレラに引けを取らない944の『見せ場』であったろうし、壮観な雄姿だったろうと思わせる。

ポルシェの世代交代の時期であったのだろう。
数年の内に水冷ポルシェは次々とニューモデルを発表し、特にL4モデルは絶頂の時を迎えていた。
空冷モデルは911カレラとターボのみになっていた。
911ターボに相当する車は少しの間、開発されない(と言うより、959の発表の後少しの間開発されていたが、オクラ入りになったと聞く)だろうから、 まだまだ生産が続くとしても、911は既に「寿命」が尽きる頃だった。
特殊なニューモデル「911・4WD」の計画は大幅に遅れていたし、もはやポルシェの主力は「水冷・FR」になろうとしていた時だった。

思いも寄らぬ「落とし穴」があったのだ。


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