第3章 3話
フェラーリ・キラー

時期は少しさかのぼるが、当初FRPボディーにドライ・サンプとウェーバー・キャブを使用して登場したフェラーリ308GTBは、 数年後にはウエット・サンプとスティール・ボディーを取り入れ、そしてその後インジェクションを使用した308GTBi(GTSi含む)に変化をとげる。

時代の要請もあったのだろうが、結果的にフェラーリは安楽に、操縦しやすい車になったのは確かだが、コストの削減も多いに関与していた。
それを否定する気は毛頭無いが、確かにフェラーリは『工芸品』のような仕上がりから『工業製品』と呼ぶべき変化を遂げているのは間違いが無かった。
そしてそれに気が付いていたのは(もしくは苦々しく思っていたかもしれない)ポルシェの技術陣だけではなかった。
フェラーリは世界中のスポーツカーよりターゲットにされる事になる。

以前よりフェラーリをターゲットにしていたランボルギーニは、1981年シルエットをベースに改良した「ジャルパ」を正面から308にぶつけてきた。
924から944の流れに近いロータス・エスプリは、1980年に2.2Lに排気量をアップしターボを付けてフェラーリに照準を合わせていた。
また、フランスのルノー・アルピーヌV6ターボや、日本のモデルチェンジしたダッツン300ZX(Z31)も同じクラスに属していたし、 アメリカのコルベットにいたっては、モデルチェンジしたスタイル(日本ではC4コルベットと呼ばれる)はまんまフェラーリを意識して造られていた。

しかし『フェラーリ・キラー』の本命は、なんといっても「ポルシェ」である。

ポルシェはフェラーリを撃退すべく、まず928をテスタ・ロッサに合わせてきた。
エンジンは4カム32バルブの5Lまで発達し、最高出力320HPを発揮させたS4が1985年よりリリースされる。
一見、テスタ・ロッサの最高出力380HPに比べて貧弱な感じを受けるが、ドイツは馬力表示で保険料が変ってくるので、 ほとんどの車が少し少なめに馬力表示をしていた上、イタリアではハッタリと言うか希望的観測と言うか、確実に馬力を多く表示していたため、両車の実馬力は同じくらいと推測される。
実際、古い文献を調べて見る限り、両車の実力はほぼ同等と言える。

また、フェラーリのドル箱的存在の308GTB/QVには、2つの候補が選ばれた。
911と944である。当時の格から言えば911であったろう。
仮に944を911の立場に置換えた場合、944は「素の」911に当るのであり、911は2ランク上の「カレラ」であったからだ。
しかしポルシェ技術陣は、当時の911の技術は既に『古い』事が良く分かっていた。
低中速域では308にも負けない911ではあったが、どうしてもRR特有のクセで、高速域では911に勝ち目はなかった。
かといって944をグレードアップすれば、同じクラスの車を2台かかえる事になる。
最悪の場合、身内同士の潰し合いになりかねない。
きっとポルシェ社内でも、944贔屓と911贔屓がいたのだろう。

しかし、フェラーリに打ち勝つにはやはり、より可能性のある技術を持ち出す必要がある。
堕落したとはいえ、やはりフェラーリはスポーツカー界の「帝王」であり、なめてかかれる相手では無いからだ。
そこでポルシェとしては、911は「古き良きヴィンテージ時代の流れをくんだ趣味的な車」と位置付けし、 モダンなライバル達には944のスペシャル・バージョンを当てると言う、少々苦しい言い訳じみた格付けを行った。

フェラーリ・キラーの真打ちとして944は、かねてからウワサされていた「ターボ」を武装し、「944ターボ」として登場した。

当然の事ながら、944ターボは3年もの年月を伊達にお蔵入りされていたのではなかった。
エンジン細部の見直し、強化は言うに及ばず、エンジン・マウント、エキゾースト・マニホールドまで強化され、 またサスペンションも形式こそ同じだが強化された専用品を使用し、ブレーキまでグレードの高い物が使われた。

ちなみに、上に記した「フェラーリとポルシェの確執」や、「ポルシェ社内のジレンマ」は、正式な記録ではなく、 あくまで風評、通説である、が、当時のポルシェ社の役員の発言、よく言われている959と288GTO, F40のからみなど考えてみれば、単純に根拠の無いウワサ・・・と言えない、いや、むしろ真実味を帯びているとしか思われない。
そしてウワサついでにもう一つ面白い『ウワサ』を載せたい。

フェラーリにしてみれば、ランボルギーニやロータス、ルノーにしてもダッツンにしても、コルベットを持って来ても自分達の優位性は変らない、と踏んでいた。
ただ、ポルシェがその気になったら、『迎撃する』準備をしなければいけない、と思っていたらしい。
そしてポルシェが「308GTB/QVキラー」を開発しているとの情報を受け、308のグレードアップを図った、 と・・・そして944ターボが発表されたのと同時期、308GTB/QVは、328にグレードアップされたと言う・・・

これはあくまで根も葉もない『ウワサ』である、が、確かに当時のテスト記録を見る限り、 944ターボと308GTB/QVが同程度の性能なのに対して、328では飛躍的に性能が上がっている。
また何処からか「944のフロントフェイスが大きく変る」とでも聞いていたのだろうか?944と944ターボのフェイスの違いと同じ様に、 308と328はフェイスを変えている。
何より、328が発表された時期が、944ターボの時期に近すぎる。
これらを総合して考えて見ると、あながち「単なるウワサ」では済ませられない。
火の無い所に煙が立たないのと同じ様に、案外このような軽いウワサに『真実』が隠されていると思うのだが諸兄はどうだろう?

で、勝負の結果を言えば、残念ながら同時期に『より良く』改善された328に軍配は上がったと見るのが妥当だろう。
もし上記のウワサが本当ならば、「フェラーリの情報収集の勝利」とでもなるのだろうが、残念ながら真実を知る手だては今の私には無い。
ただ、944ターボも善戦していたのは事実で、先に上げた他のライバル達には負ける事はなかった。

もし、強いて「944ターボのライバル」と呼べる車が他にあるとすれば、むしろ911だろう。
しかし911はやはり、既に前線を外れた兵士であり、残念ながら動力性能では、全てのジャンルに勝てる、と言う車では無くなっていた。
ただ、ランボルギーニ・ジャルパやロータス・エスプリ・ターボ、ルノー・アルピーヌなどは正直な所、 911以上にレトロで趣味性が強かった上、信頼性の低さで多分、911の方がリードは大きかったかも知れない。
しかし、パワーアップした300ZXが相手では勝ち目が薄かったし、コルベットでは(悪趣味な内装の仕上げは別にして)まず勝ち目が無かった。
944ターボは全く違っていた。それは優秀な「機械」であり、最新鋭の「戦闘機」であった。
そしてその優れた運動特性と信頼性は、これらの中で「トップ」を切る事が出来た。

944ターボはこの多くのライバル達を従えて、「フェラーリ・キラー」の最前線に立ったのである。


←戻次→
↑上戀目次