第2章 5話
944へ

諸兄は覚えているだろうか?前話に話した81年のル・マン24時間レースで総合7位、GTプロトタイプクラス3位の車がいた事を・・・

その車は、ボディーはほぼ924カレラGTと変らない、「Hugo Boss」社のスポンサーカラーを付けた、ゼッケン1の車である。
市販車ベースの車ながらGTプロトタイプクラスに出場し、なみいる強豪を退けたのだ。
オーソドックスなFRレイアウト、特に特徴の無いボディー、唯一違うのはエンジンだった。
928Sの片バンク、すなわち4.7Lエンジンの半分(2.35L)を2.5Lまでアップし、928SのDOHCヘッドにシングル・ターボチャージャーを取り付けていた。

その車こそ、「944」の名前を最初に冠した車、ポルシェ944LMである。

ただし、最初944は、あくまでケーススタディでしかなかった。
928をスケールダウンするためのモデルの開発として、以前より研究されていた物である。

実は、以前にも書いたが、本来928は911の後継車となるべく開発されたのであるが、年を追うごとのパワーアップに対応するため重量も必然的に大きくなっていった。
そこでポルシェは、928のスケールダウンしたモデルの開発に着手することになるのである。

テストスタディーとしてのボディーは、924とほぼ同じ物が使われた。
ただ、F/Rのフェンダーには、924カレラGTのフェンダーが使用された。

サスペンション、シャシもほぼ924系の物を流用、928の物が使用されなかったのには理由がある。
なぜなら、スケールダウンしたエンジン、パワーで重くなった928のボディーを引っ張るのには無理があったからだ。
そしてエンジンは、様々な物が用意された。
当初、924に搭載したいと思われたアウディ5気筒、ルノー製PRVのV6、928のV8から2気筒取ったV6、そして積み木箱原理の応用、928のV8の片バンクの直4・・・。

そしてその中で、出力特性が特にスムーズで良かったのが928の片バンクを使った直4エンジンだったのである。
ただしビッグボアの4気筒の常として、このエンジンには大きな振動がともなった。

そこで、「バランスシャフト」の登場である。
ポルシェ社は、実は1970年代前半にヤマハのオートバイ用にこのバランスシャフト付きエンジンを考案していたのだが、この時は廃案になってしまったので特許を取っていなかった。
そのためこの方法は日本の三菱自動車が特許を取り、ポルシェ社も特許料を支払う事に(そこに行きつくまで、ポルシェと三菱で『色々と』もめたとの話もあるが)なる。

しかしその恩恵は少なくなかった。
初期の逸話に、動いている944のエンジンにコインを立て、フルスロットルを掛けた時でもコインが倒れなかったと言う話があるが、これは少しオーバーだとしても、 バランスシャフトのおかげで『静かで速い』エンジンに仕上がったのは間違い無いであろう。

とにかくこのような開発を進め、「928のスケールダウン」版の開発は進んでいった。

少し話が外れてしまうが、一般的に言われている「944は924の後継車である」と言う説は、私は疑問を持たざるを得ない。
なぜなら、924はあくまで「914の後継車」であり、ライトボディーのポルシェである。対して944は、ミドルボディーの中級スポーツカーであり、928のスケールダウンモデルなのだ。
その証拠に、944が発売された後にも924は1988年まで生産された(途中、エンジンの変更はあったにせよ)のである。
それでは、なぜ944は924の後継車、と言う通説が通ってしまうのか?それは多分、 日本とアメリカ(を中心とした排気ガス規制の厳しい国々)では944の発表後、924は1987年まで輸入を中止していたからだろう。
そして想像するに、これこそシュッツの営業手腕だと考えさせられる。
排気ガス対策の厳しい国々に対応していたアウディ製エンジンは、やはりヨーロッパ仕様と比べて重々しかったし、何よりこれらの国では「ハイパワーなポルシェ車」を求めていると考えられていた。
そのため924の「後釜」として944を送り込む、と言う政策を取った為に、944=924の後継車、と言う図式が出来上がってしまったのでは無いだろうか?
もしそうであるなら、販売モデルを少なくしてでも自社のイメージを守り、結果として成功を導いたシュッツの英断と営業戦略に対して、感嘆せずにはいられない、 が、今もう一度考え直してみれば、911や944とは違った軽快な魅力を持った「924」を、もっと日本に入れてもらいたかった、と言う想いの方が強く残ってしまう。
もう一つ述べるなら、944の生産開始と同時に生産中止(一部の国を除いて)になった「本当の」944の前任車がある、924ターボだ。

話を元に戻そう。
944の開発がある程度進んだ時、例のル・マン参戦が行われた。
結果として944は、思った以上の成績を上げる事が出来た。
イギリスのある有名ジャーナリストが言うには、その年のル・マンでピットに入っていた時間が一番短かった車・・・と賞賛している。

928のスケールダウンとして開発されていた車、944は、タフで、丈夫で、なおかつ速い、と言う事が実証された。

924ターボの911後継車作戦に失敗したシュッツが、この車に全面的に目を向けたのは不思議ではないだろう。
来るべき911の後継車、ポルシェの中心として進むべき車を944に見出したのである。


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